滴が一滴ぽとりと落ちて、デスクの上の書類を滲ませた。折角書き上げたのにこれでは台無しだ。
責任を取って彼に書き直して貰おうかとも思ったが、確実に書き損じることを思うと自分で処理したほうが早い。
 ぽた、…ぽた。
不規則に落下して行く滴は雨粒に似た染みを作ったけれど、粘性のそれは雨粒のように楚々としたものではない。もっと欲深くて濃厚なその滴は、細い糸を引いて唇の間に橋を作った。



■はちみつをどうぞ



 親指で唇を拭えばぬめった感触。濡れて光る指を淡々と見下ろし、色のかけらも無い乾いた声でデスク越しの彼を呼んだ。
「大使。勤務時間中ですよ」
「だっ、て」
「言い訳は聞きません。ご自分の部屋にお戻り下さい」
「嫌だ」
「我が儘を言わないで下さい見苦しい。大使としての責務を全うするのがアナタの勤めでしょう。私の邪魔をしないで下さい」
「っ、だからっ!」
 目尻を赤く染め切なげに眉を寄せて彼は叫ぶ。濡れた口唇は拭われもせずぬらぬらと色めき、まるで嗚咽を堪えるように戦慄く。揺れる瞳は緑の炎に似て、ただ純粋に美しいと思った。
「どうしてマニィくんは…そんなに平然としていられるんだい?!」
「別に…何とも思っていませんからね」
「っキミは…!あんなことされても何も思わないのか?!」
「一方的に舌を捩じ込まれた位で一々騒いではいられませんよ」
「〜〜〜っ!!!」
 言葉もない、そんな顔をして彼は息を飲む。怒りに頬は赤く色付き、潤んだ瞳からは堪えきれなかった雫が一筋床に落ちた。けれどそれで許されると思ったら大間違いだ。
上がりそうになる口角を組んだ掌で隠し、諭す声音で彼に騙る。
「大使。些か仕事とプライベートを混同し過ぎておられるようですね。上に立つ者がそれでは到底」
「言わないでおくれよ…」
「いいえ。これは大使のためでもあるのです。アナタはババル共和国全権大使という肩書」
「分かってるさ!」
 分かってる。分かっているとも。噛み締めるように呟きながら、何度も首を振る。羞恥のためにか頬はいよいよ赤い。雫が一滴、また一滴と床を濡らしていく。
「自分でも情けないし、こんな風じゃ駄目だってことも分かってるよ。けど、もう駄目だよマニィくん…限界なんだ…」

「…キミが、欲しい」

 嗚呼。
 その顔が、見たかった。

プライベートの名のもとに、信頼を深めるという建前のもとに。
胸焼けのする甘い言葉で取り入って、滑稽なほど丁寧に愛してやって。
少し考えれば分かること、けれど貴方は呆れるほど従順に私の掌へ堕ちた。
清廉潔白の代名詞だった貴方は、苦く甘いどろりとした欲に絡め取られてしまった。
空へ飛翔することを止め、甘い快楽に酔い痴れた蝶。
欲の蜜坪に首まで浸かり、その羽ではもう飛べない。
緑の目には情欲の炎が揺れる。蜜を寄越せと強請る。

「マニィ、くん…」
「……仕方がないですね」
 上がる口角はもう隠さずに、デスクを回り彼に歩み寄る。手を添えた頬は浮かされたように熱く、瞳は邪な期待で満ちている。その姿は浅ましく、嘲笑われる程愚かなもの。
けれども私には、それが酷く美しく見えた。
「愛してあげますよ、ダミアンさん」

 蜜漬けの愛しい蝶は、それはそれは美しく嗤ったのだった。

 


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某えちゃで出たぴゅあえろ大使を書こうとした結果がこれだよ!!!
マニィくんは大層調教がお上手なようですね^^
誰かマニダミ本だしてくださいよ切実に…^^^