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 太陽が惜しみ無く地上を照らし、狭く混み合った道からは熱気が昇っている。
華やかな出店、呼び込みの声。至る所から菓子の焼ける甘い匂いが漂って来る。パンケーキのような…否、ここでは人形焼きと呼ばれていただろうか。
目に飛び込んでくる色彩はどれも華やかなものばかり。見慣れない土産や露店にはそれなりに興味をそそられたが、今はとてもそんなものに目を遣る余裕がなかった。
 険しい双眸が探すのは、向日葵のような金色。普段ならば目に付きそうなその色も、けれどこの人込みでは難しい。先ほどから鳴らしっぱなしにしている携帯にも一向気付く様子はない。大方電車から降りたときのまま、電源を切ってあるのだろう。舌打ちが漏れる。こんなことになるのならば、GPS付きの携帯を持たせるんだった。まるで幼子か徘徊老人に対する扱いだが、そうでもしないとあの人のお守りは務まらない。
「一体何処へ行ったんですか、アナタは…!」

 嘲笑うような陽光を睨み付け、マニィは額の汗を拭った。



 





 朱。
 と、言うのだそうだ。その赤は。
祖国ではお目に掛かったことがないその色彩にマニィは目を細めた。この色は、何かに似ている。
無言で思考を巡らせるマニィとは対照的に、隣では矢鱈と無邪気な上司が歓声を上げていた。
「ワォ!!見て見てマニィくん、凄く大きいよ!」
「言われなくて見えています。人込みではしゃがないで下さい大使」
「凄いなぁ、やっぱりこの国の人は大きいものが好きなのかな?ようし、我が大使館にも何か大きなモニュメントを…」
「(聞いちゃいない)」
 二人が立っているのは朱塗りの門の下。より正確に言うのならば、門から吊り下げられた巨大な提灯の真下だ。流石に背が支えると言うほどではないが、頭上にモノがあるというその圧迫感にマニィは眉を顰めたが、ダミアンは全く意に介せず「何メートルあるんだろうね」と両腕を延ばして提灯の縁を突付いていた。「止めなさい、大使。大人気のない」
それにしても。
 マニィは苦々しく視線を流す。すると慌てて外される幾つかの目線。先ほどからこうだ。周囲から向けられる眼差しに、マニィは内心苛ついていた。
幾ら此所が観光名所で比較的外国人が多いとは言え、長身の二人は嫌でも人目についてしまう。マニィ一人ならば人目を厭うてさっさと進んでしまっただろうが、連れが彼では目立つしかない。
 肩よりも長い向日葵の髪、健康的な褐色の肌。何が嬉しいのか満面の笑み(まあ笑っていなくてもそれなりに整った顔は人目を引いただろうが)。加えて、子供のようなその言動。二人の会話はババル語でなされていたが、雰囲気でその内容は察せようというもの。
これではもう、注目してくださいと言わんばかりだ。彼も彼で人懐っこく、目が合ったそばから人に笑い掛けるものだから、好奇の視線は四方八方から飛んで来ていた。
それは彼にしてみれば嬉しいことかもしれないが、一緒に行動しているマニィにとっては堪ったものではない。好奇の目ならば、過去にもう十分過ぎるほど浴びている。これ以上のピエロになるのは沢山だ。
 
 今回の目当てはこの巨大な門とそれに提げられた旧時代の外灯だけではない。この国の観光名所と名高いこの辺り一帯を見て回ることが、今回の視察の目的だった筈だ。いつまでもこんなところで見世物になっている暇はない。腕の時計に目を遣り、マニィは振り返りもせず歩き出す。
「大使。置いて行きますよ」
「えぇ?!ちょっと、待ってよマニィくん!!」
 上ずった声と軽い靴音が慌てたようについて来る。しかし人の間を縫うのは案の定苦手らしく、後ろからは引っ切り無しに「あっ」とか「わ!」だとか「ごめんなさーい!!」などの悲鳴が聞こえる。思わずマニィはこめかみを押さえた。
暫くすると後ろが静かになって、漸く人込みを歩くにも慣れたのかと振り返った彼の目に写ったものは、ただただ無個性な人の波だけだった。


*




 赤。黄。紫。水色。目が痛くなるほど溢れる色彩の中に、彼は居た。
「良ぉ似合っとるよぉ。ガイジンさん背丈あるもんだから」
「ワオ!アリガトウゴザイマス」
 漸く見つけたと思えば、人の気も知らない上司は店の老婦人と親しげに話し込んでいる。こちらは暑い中必死に探してやったというのに、なんだと言うのだこの仕打ちは。
衣装屋なのか、色とりどりの布が揺れる店先で、ダミアンはその一枚に腕を通していた。足音に気付いたのか振り返り、その広い袖を揺らしてマニィに手を振る。
「あ、マニィくん!こっちこっち!!」
 何時にも増して笑顔が眩しい。どうしてそこまで上機嫌なのかは、見て取れようというものだ。
「どうかな、これ。ハオリって言うんだって!」
 苛立ちのあまり頭痛すら覚え始めた頭を押さえ、マニィは隠しもせずため息を吐く。
似合うかな、とはしゃぐ前にどうか歳を考えて頂きたい。そして店の婆さんも褒めるんじゃない。これ以上助長するな、この男を!
派手な水色、山型の白。この鮮やかな土産品は、どうやらこの国の伝統衣装のようだ。そういえば至る所の土産屋の軒先に、そのハオリを象ったキーホルダーや小物が並んでいた。
尚も意見を求めて来る鬱陶しい上司に、マニィはうんざりしていた。今日わざわざ暑い中遠くまで足を伸ばしたのは、アナタのそのハオリ姿を見るためだとでも言うのか。
「…いい加減にしてください大使。単なる観光で来たわけではないでしょう」
「でも、観光も大事な目的の一つだよ」
「屁理屈を捏ねないでください。もう行きますよ」
「え、もうかい?まだ見ていたいなぁ」
「知りません」
 無情に言い放ち歩き出そうとするマニィの腕を水色の袖が掴む。不機嫌も露に振り返れば、もの言いたげな蒼の瞳とかち合った。
「マニィくん、さ。…怒ってる?」
「いえ、別に」
「やっぱり私が、マニィくん放り出してお店に入っちゃったからかい?」
「違うと言っているでしょう」
「もしかして、探してくれたりとか…」
「していません!」
 いい加減しつこいダミアンに業を煮やして、乱暴に手を振り解いた。蒼の瞳は一瞬見開かれ、気まずそうに伏せられる。いい気味だと、マニィは思う。

「まーま、ガイジンさんたち。止しんしゃいよぉ」
 突然間延びした声が掛けられる。面食らって見渡すと、店の主人であるらしき小さな老婦人の皺に埋もれた小さな目が、こちらを見上げていた。
「喧嘩は止しんしゃい。コレ。あげるでねぇ」
 枯れ木のような腕が、何かを差し出してくる。仕方なく受け取れば、それは妙な形をしたメモ用紙のようだった。あんたにも、とダミアンにも同じものを手渡すと、老婦人はうんうんと幾度か頷いて店の奥に引っ込んでしまった。
「……」
「…貰っちゃった、ね」
ダミアンは小さなそのメモ用紙を何故だかもじもじといじり回している。そして意を決したように顔を上げると、にこり。微笑んだ。
「ありがとうね、わざわざ私を探してくれて」
「…探していませんよ」
「マニィくん、額に髪が張り付いてる」
「!」
「汗かいてまで、探してくれたんだよね」
「……暑いせいです」
 何が嬉しいのか、蒼い目の大使は一層笑みを深くした。顰め面の秘書は額の汗を拭って、誤魔化すように一つ咳払いをしてみせる。
「あ、私このハオリ買って来るけど、マニィくんも…」
「いりません!」
「…はぁい」


*




 老婦人に見送られ店を出ると、当然のことながら絶え間なく流れる人の波に飲み込まれる。参拝のための社はまだ遠く、この人の多さでは到底すぐには着ける筈もない。
「ま、マニィくん…っ!」
 上ずった声に名を呼ばれ、振り返らなくとも状況は分かった。マニィは立ち止まり、上手く人の間を通り抜けられないでいる不器用な大使の腕を引く。引き摺り出して、今度はその手を引いて歩き出す。これでどう足掻いても、手が外れない限りは逸れない筈だ。
「今回だけですから」
「…!ありがとうっマニィくん!!」
「喜ばないでください。…情けない」
 
 太陽は陰る気配すら見せないし、熱気はいよいよ増してくる。華やかな出店、呼び込みの声。人形焼の甘い匂い。変わらない喧騒の中で、握った手がただ、熱かった。
「…情けが、ない」
不機嫌な表情の下で、マニィはぼそりと呟いたのだった。


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うちのマニィさんはなぜだか仏頂面がデフォです。ゲーム画面ではニヤリとしてるイメージが強かったのにおかしいな…!
ちなみにこれ、秘書執務室に掛かってたあの羽織の捏造ばなしですよ。

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